その名も無き妖精は、衣玖さんに指輪を渡した後、すぐに準備に取り掛かりました。
まずはお嬢様に妖精たちの相部屋ではなく、二人だけの部屋が欲しいとお願いに行きました。
お嬢様は難しい顔をしていたけれど、咲夜さんがとりなしてくれました。
そして、用意されたのは物置にすら使われなくなった、天井裏の狭い小部屋。
だけどそこは、常に賑やかなお屋敷の喧騒が届かない、数少ない二人だけになれる部屋でした。
「ただで養われるなんて思わないことね」と言い放ち、お嬢様は衣玖さんをメイドに仕立てました。
この日から、竜宮の使いは紅魔館のメイドとして生きていくことになりました。
その新人メイドに、お嬢様の恋人がやってきて言いました
「レミィったら、口ではああ言ってるけど『家族が増えるまでにきちんとした部屋を都合してあげる』
って思ってるから。安心してくださいね。あと、私が言ったのは内緒で」
衣玖さんは、お嬢様のことが少しわかった気がしました。
館に住み始めると同時に館中のメイドたちからお祝いのお手紙や、お花や、木の実が届きました。
それが妖精たちの精一杯で、まごころからの祝福。
拙い字でかかれた手紙や野花は、衣玖さん達の一生の宝物になりました。
不便な場所の部屋への家具の搬入は美鈴さんとゴブリンさん達がすべてやってくれました。
「あの・・・。ありがとうございます」
衣玖さんがそう言うと「うん? それより結婚おめでとう!」と快活な笑顔が帰ってきました。
あの咲夜さんが、どうしてこの娘を選んだのか、衣玖さんはわかった気がしました。
「おめでとうゴブ」「おめでたいゴブ」「けっこんてなにゴブ」
と、いつも勝手に楽しそうなゴブリンさんたちの間で『結婚ごっこ』が流行るのは、また別のお話。
いつの間にか枯れてしまった結婚指輪を見て、衣玖さんは寂しい気持ちになりました。
そうして溜め息を付いている衣玖さんの手を、パチュリーさんがとりました。
「専門じゃないけれど、これくらいなら」そう言いいながらかけられた魔法で
衣玖さんの結婚指輪は、元の瑞々しさを取り戻しました。
「一生ものでしょう。大切にしなさい」
その優しさのおかげで、衣玖さんの結婚指輪は朽ちることのない永遠の愛の証となりました。
少し生活が落ち着いてきた折、衣玖さんが一人でいるときに咲夜さんと娘さんが訪れてきました。
妊婦、出産、育児生活。なんでも頼っていい、と言ってくれました。
会話の最中、常に瀟洒だと思っていた咲夜さんが、美鈴さんや娘さんの話題になるとこぼれるように微笑みました。
「あなたも、お幸せにね」咲夜さんが、見たこともないくらい優しい顔で言いました。
「おしあわせにねー!」咲夜さんそっくりの娘さんも、美鈴さんそっくりの声音で言いました。
その晩、衣玖さんは初めて勝負フンドシを締めたのですが。それはまた別のお話。
衣玖さんと名も無き妖精さん。
ふたりは驚くくらい暖かく、奇跡のように甘い日々を過ごしていました。
夢にまで見た結婚は、夢見た以上に幸せでした。
愛される悦びを知った衣玖さんは、同時に愛する悦びも知りました。
名も無き妖精さんのひたむきな愛に包まれて、
衣玖さんは確かに世界の全てに祝福されているのでした。
奪われて初めて気づいた
淀んだ眼をした
その一人をのぞいては。
>衣玖さんに指輪も渡せたし幸せいっぱいです。でもせっかく結婚したんですから・・・私頑張っちゃいますよ!